英国が世界陸上2029の開催地に名乗りを挙げたようですね!(月陸オンライン)
ヤフーののコメントにこんなのがありました。
「どの都市も陸上の人気があると思うけど、中でもヌルミやビレンという名ランナーを生んだフィンランドのヘルシンキは今のところ唯一の2回開催都市。反面、欧州以外で最大最高の陸上王国のアメリカは22年のユージン大会が初の開催。これは意外。」
そうそう陸上が人気な国って欧州に集まってますよね。為末大さんはスイス、英国で特に人気とおっしゃってました。
「ヘルシンキって2005年に世陸あったのは知ってるけど2回もあったっけ」と思ったら記念すべき第一回大会がヘルシンキだった笑
なんでヘルシンキなんだと思って調べてみると、、特に記事はなし。
ヌルミ?ビレン?初めて聞いたわ、って当たり前か!ヌルミについて言えば1890年代生まれと100年以上前の人でした。
彼らは「フライング・フィン」と呼ばれているらしく、(間違え、ラッセ・ビレンはフライングフィンではないらしい。)世界的に有名なフィンランドのスポーツ選手に対して使われる愛称らしいです。
ふーんくらいの感じでしたがこの人たちの実績がこちら⇩⇩⇩⇩⇩
パーヴォ・ヌルミ
1920年 五輪3冠+銀1
1924年 五輪5冠
1928年 五輪金1+銀2
ラッセ・ビレン
1972年 五輪2冠(5000m&10000m)
1976年 五輪2冠(5000m&10000m)+マラソン5位
エグすぎでしょ!笑
五輪5冠とは 内訳は1500m+団体3000m+5000m+個人クロカン+団体クロカン。昔って五輪の陸上種目こんなにあったんですね。クロカンが五輪であるのは面白いなー。
ビレンの5000m+10000m+マラソンについてはもう人間じゃない笑 1976年のモントリオール五輪ではあのエミール・ザトペックの超長距離3冠を再現しようとしたらしく、まず10000mを制覇。続く5000mを接戦の末制した18時間後にマラソンに挑んだらしいです。それで5位って怪物すぎるでしょ。

誰かに似ていると思ったらゴッホですかね?
この他に陸上選手ではハンネス・コーレマイネン、ビレ・リトラという選手がいるようでそれぞれ
ハンネス・コーレマイネン
1912年 五輪3冠(5000m&10000m&個人クロカン)+銀1(団体クロカン)
1920年 五輪金1(マラソン)
ビレ・リトラ
1924年 五輪4冠(団体3000m&3000mSC&10000m&団体クロカン)+銀2(5000m&個人クロカン)
1928年 五輪金1(5000m)+銀1(10000m)
いや出場しすぎ笑笑 現代だったら怪我が怖くてみんな出ないんではないでしょうか。ハンネス・コーレマイネンはフライング・フィンの元祖と呼ばれているようです。
ビレ・リトラはパーヴォ・ヌルミと同時期の選手ですね、1924年のパリ五輪では
5000m 1位パーヴォ・ヌルミ、2位ビレ・リトラ
1928年のアムステルダム五輪では
5000m 1位ビレ・リトラ、2位パーヴォ・ヌルミ
10000m 1位パーヴォ・ヌルミ、2位ビレ・リトラ
といつも張り合っていたようです。すごいですねフィンランドの選手!となぜフィンランドの選手がこんなにも長距離界を席巻していたのか気になりますよね。Wikipediaで色々と調べていたのですがこんなことが書いてありました。
パーヴォ・ヌルミ
「一方、彼の功績、トレーニング法と走法はそれ以降の中長距離走者に影響を与えた。常にストップウオッチをもって走ったヌルミは均一速度走法と分析的なトレーニング法の発明者とされ、またランニングを世界的にメジャーなスポーツにした人とされている。」
ラッセ・ビレン
「ビレンがオリンピックで優勝できた要因、特に1972年オリンピックの5000メートルと10000メートル競走で優勝できた要因はあまり注目を受けていない。その要因とはビレンがほぼすべての曲がりで第1レーンの内側の縁を走っており、合計でライバルたちと比べて数十メートル少なく走ったことである。具体的には5000メートル競走ではプリフォンテーンがビレンよりも40メートル以上多く、10000メートル競走ではプッテマンスがビレンよりも50メートル以上多く走った。2人とも第1レーンの外側の縁、または第2レーンを通ったのが原因だった。この総距離を減らすテクニックは「曲がり(カーブ)の数学」(Bend (curve) mathematics)と呼ばれている[4]。」
これすごく面白そうですよね、これらについてさらに深掘りたいと思います。

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